雑感

 今日のお出掛けは駅前の銀行へお金を下ろしに行ってきました。今週は内科と整形外科に行かなければならないのとウイスキーが切れるので買わないといけないので手持ち分では足りません。財布にそのくらいも入ってないのかよと思われると思いますがそうなんだから仕方がない。病院代とウイスキー代は毎月の小遣いでは賄えません。今月は眼科にも行ったのでなおさらです。なんも無駄遣いはしていないんだけどね、悲しいね。
 さて、今日もこれといって書くことがないんだが・・・。いや、ないこともないんだけどイマイチ気が乗らないのよ。思うんだけどブログ記事書くのってなんかセックスと似てない? どういう意味かって? それはだな・・・、まぁこの先は読者諸氏の想像に任せるが、普通の人はブログとセックスをどう結び付けるかに苦心するかもだね。なんでもかんでも性の対象として見てしまうような変態ならスッと結びつけてしまうかもしれないが・・・。あ~話が変な方向にそれてしまう、真面目にやろう。しかし真面目になんの話をすればいいのだろう? 真面目に性の話をするってのはどうなのかね?真面目な性の話って性教育みたいなの? う~ん、だったら悪いけど私には無理、できない。ということで政治の話をしとけば一応真面目な話として成り立つんじゃないかと思うので書いてみる。政治の話と言っても政策的なことではなく、政治家の話と言った方がいいだろう。今の岸田政権に限ったことではないが、国や政府というのは国民の方を向いていないというか、国民のことを考えていないような政策なり行動をとることが多いように言われる。なぜそうなるのか?を考えるに、政策を立案し実行するのは官僚と議員であるが、官僚や議員になるような人たちのほとんどは子供のころから恵まれた(家庭)環境の下で育ってきた人たちである。経済的に比較的豊かな家庭の子供だったから塾や家庭教師を利用できて結果いい学校に入ることが出来た人たちである。だからそうではない環境で育った人の心が分からないんだと思う。そういった(恵まれた環境で育った)人たちに共通する考え方に、「これくらいできるやろ、できないとしたらそれは君らの努力が足らないせいだ」というのがあるように思う。つまりできない人の気持ちが理解できないというか理解しようとしないのである。失業するのは自分の所為、低所得なのも自分の所為というような思考回路しか持ち合わせていないのである。そんな人間ばかりが官僚や議員になったら弱者切り捨ての政治が行われるのは当然の帰結である。税金なんてもうちょっとぐらい上げても別に生活には困らんだろと考える。そらぁ自分らは高給取りなので月に1万円ほど税金が増えたからと言って何も困らんだろうが、そんな人は国民のほんの一部の人たちだけである。子供の時から何の(経済的)苦労もしていない人間が政治をやるとこういうふうになる。だから個人的には政治家には苦労してきた人間がなるべきだと強く思う次第である。とまあ真面目に政治(家)を語ってみましたが、政治と性事を結びつけることは私にはできませんでした。でも木原君ならうまいこと結び付けてくれるんじゃないかな、なんせ彼は政界の性豪だからね。そして何より名前が誠二(性事)っていうぐらいだからね、お後がよろしいようで・・・、チャンチャン。

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