膝の調子も小康状態となってきたので地元の一之宮である大神神社に参拝に行こうと思っているのだが、お天気のほうが曇っていていまいちよろしくないので気が進まないでいる。昨年は月参りをしていたにもかかわらず、とうとう御神札を買い替えずに来てしまったこともあり、今年はすぐにでも買い替えたいと思っている。恐らくだが御神札の初穂料もこのインフレで上がっていることだろう、2年前は1000円だったが今年はたぶん1200円にはなっているだろうと思う。まあ1200円でもそれで1年間無事大過なく過ごせれば安いもんである。ただ来月には伊勢神宮にも参拝するつもりにしているのでそこで3社の御神札を買い求めると都合5000円近くになってしまう。美味しいものを食べて腹が膨れるわけでもなく、楽しい思いをするわけでもなく、ましてや気持ちのいい体験ができるわけでもないが、安心して生きて行くための必要経費だと思っている。
トレードのほうは今ほとんどやる気をなくしている。まあ今の相場状況によるところもあるが、もう少し根底にある部分で熱量が冷めてきている。今までは死ぬまで相場はやめられないと思っていたが、最近はそんなこともないんじゃないかという気がしている。若い頃晩酌は死ぬまでやめられないと思っていたが、あるきっかけで1年ほどやめたことがあってから、やめようと思えばやめられるということが分かった。この晩酌に対する思いとよく似た感情を今相場に対して抱きかけているように思う。以前のようになにがなんでも儲けてやるんだという気はしなくなった。儲けようとは思わなくても他にすることもないから相場をやっているという感じである。ただ、やめようと思えば止められないことはないとしても、実際やめてしまったら1日が暇で仕方がなくなると思う。まあそれもあるが一番怖いのは頭を使って考えなくなることである。儲ける儲けないは別にして相場に携わっていれば多少なりとも頭は使うし世間の情勢に敏感でいられるが、相場をやめてしまったら情弱ジジババのひとりになり下がってしまうだろうね。そうなったら認知症への道まっしぐらである。特に私の場合は父親も母親も認知症を発症したからなりやすい家系だという認識でいる。だからそれを防ぐ意味でも相場は続けた方がいいだろうと思っている。父親も昔は相場に携わっていたが70代の後半ぐらいだったと思うが、証券会社から資金を引き揚げて全部銀行預金にしてしまった。それが直接の原因とまでは言わないが、その後しばらくしてからボケだしたように思う。私はそうはなりたくない、死ぬまでボケるわけにいかない、そう思っているから相場と縁を切るわけにいかないのである。相場をやめて暇になった時間をテレビなんかで潰そうものなら認知症は約束されたものとなる。相場以外にも頭の使い道はあると思うが、私にはその他の道は思いつかないのと、仮にあったとしても相場を超えるほどは使わないで済むものだと思っている。よってやはり私にとって行きつくところは相場ということになるのである。相場はボケ防止のための最良薬である。ということでまたのう。
トレード日記ランキング
コメント