時間は大事だが

 今日の朝は昨日受診した眼科の目薬を調剤薬局までもらいに行って来た。昨日の病院からの帰りにちょっと寄ってもらっておけばわざわざ今日取りに行くこともなかったのだが、敢えてそうしたのである。毎日外に出る用事を作らないと家の中で暇を持て余すからである。普通は今日できることは今日のうちにやっておけと言われるが、私は明日できることは今日やるなという方針である。つまりわざと時間を非効率に使っている。それでもなかなか毎日時間を持て余している。デイトレをやっててこれだからデイトレやらなければ毎日をどうやって過ごすか思い悩まなきゃならないだろうと思う。
 昔から時は金なりと言われて時間はお金と同じくらい大切なんだよと教えてもらったが、この考え方は正しくないと思う。正しくはお金より時間のほうが大切だと教えなければならないのではないかと思っている。なぜならお金は失っても取り戻すことができるが、失った時間は絶対に取り戻せないからである。そういう意味では時間は有効な使い方をしなければならないというか、無駄に使ってはいけないのである。代表的な無駄な時間の使い方はいくつかあるが、代表的なものは悩むことであると思っている。悩んでというか考えてどうにかなるのなら無駄ではないが、普通は行動を起こさないことには物事は解決しないようになっている。どう行動しようかと考えるのはいいが、そうではなく「あ~こうなったらどうしよう」とか考え思い悩んだところで解決しないのに時間を費やすことのバカらしさよ。悩むだけ無駄というのが分かれば時間の浪費をしなくて済む。悩む暇があったら行動する、行動することがなかったら悩む必要性はさらさらないということの証である。次に私が無駄と考えるのが苦手、不得意を克服しようと努力する時間である。まあよほど苦手、不得意であれば平均レベルに近いところまでは目指すのもいいだろうが、それ以上は全くの無駄である。いくら時間をかけて努力したところで苦手が得意になるはずもない。苦手なことに時間をかけるよりも得意なことに時間をかけて得意なことのレベルを上げるほうがいいに決まっている。過去にも記事で書いたが、努力すればできないことはないという、子供のころによく言われるあの教え、私から言わせれば何を馬鹿なこと言ってんだである。そんなことを教えるから無駄な時間と努力を産むのである。苦手なことを努力して克服したところで、よくできてせいぜい人並みのレベルしかならないが、残念ながら人並みなレベルに価値はないのである。それよりも得意なことに時間をかけて、人よりはるかに高いレベルに到達すれば社会的価値が生まれるのである。どっちがいいか言うまでもないだろう。だが私のように何も得意なものがないという人は、苦手なことを人並みにできるようになるまで時間をかけて努力するしかないのである。で、何とか人並みにできるようになったと思う頃には人生終わり掛けになっているという悲しい現実が待っているのである。


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