冤罪

 過去にここの記事で何十年と冤罪を主張し続ける被告は無罪にしてやってもいいのではないかという主旨のことを書いたことがあるが、その時の主張を今現在は全面的に撤回したい。 私が当時そう主張したのには、何十年と冤罪であることを言い続けるのは自分が無実であるからこそできることであって、もし本当に罪を犯していたら何十年にわたって冤罪を主張し続けることなどできるわけがないという理由からだった。 普通のまともな人間なら私と同じように考えるのではないかと思うのだが、このような考え方は誤った考え方であることに気付かされたのである。 どういうことかというと、実際に罪を犯したとしても(たとえ殺人であっても)自分はやっていないと頭の中で思ってしまうようになることがあるということである。 普通の人間からすれば到底考えられない事なのだが、犯罪者の中にはそのように考えてしまう人間がいて、そうなればいわば心の底から自分は無実であると思い込んでしまうそうである。 そらそうなってしまったら何十年でも冤罪だ、冤罪だと言い続けることもあるだろう。 しかしこれだけではまだ私に中で疑問が残っていて、仮に本人がそう思い続けたとしても、本人だけでは再審請求やらなにやらの手続きを取り続けるのは難しく、いわゆる支援者なる存在が必要になってくるはずである。 まぁ肉親ならまだ分かるがそうではない他人が支援者面して何年も時間とエネルギーを費やすことは考え難かったのである。 だがこれも私には考えられないのだが、世の中には何の係わりもない他人であろうが困っている人を助ける(このこと自体は立派なことなのだが)という正義感を前面に出して年がら年中活動している人が世の中にはいるようである。 このように今までは冤罪を叫び続けるのは本当に無実で、肉親をはじめ親しい人たちも無実を信じているからこそ支援を続けているものだと思っていたのが、決してそうではない場合でも冤罪を主張し続けることがあるのだということをこの齢になって初めて知った次第である。 なお今日の記事の内容はネット上から拾った情報をもとに書いたものではなく、然るべき方面からの情報をもとに書いたものであることを申し添えておきます。


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