不毛な議論

 今日は2ヶ月ぶりに一之宮へ参拝してきた。 11月と1月はいつも七五三と初詣で混み合うので参拝を避けている。 今日は天気も悪かったこともあってとても空いていた。 2ヶ月ぶりに行ってみて気付いたことが一つあったのだが、何かというと2年ほど前に開店した占いグッズを売る店が閉まっていたのである。 店ができたときにここの記事にも書いたことだが、一之宮に似つかわしくない浮いた感じの店なので早晩つぶれるであろうと言ったのだが果たしてその通りとなった。 恐らくほとんど客は入ってなかったと思う。 出店した人はイケると思って店を出したのだろうが、私からしたらどうしてこんなところにあんな店を出す気になったのか理解できない。 一言で言えば場違いな店だったのである。 東大阪にある石切神社の参道に出店していたらまだ何とかなったかもしれないが、それ以外の神社であのような店はまず無理である。
 最近はビットコインの急騰により仮想通貨にまつわる議論が花盛りなようだが、見ていると通貨としての議論と投資(投機)対象としての議論がゴチャゴチャになっているものが多いように見受けられる。 つまり論点がずれているからいつまでたってもまとまらず平行線のままである。 私には時間とエネルギーの無駄になっているように思えて仕方がないが、やりたいなら好きにやっといてと言っておこう。 なので私にとってはどうでも良いことだが、一つ確実に言えるのは、仮想通貨が現在の主流通貨にとって代わるなんてことはあり得ないということである。 なぜそう言い切れるかって? だって自ら「仮想」通貨って言ってるじゃん。 今後ビットコインが500万になろうが1000万になろうが同じことである。 私にはどう考えてもチューリップの球根と同じにしか思えないのである。


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